父からの手紙

「お父さんがひどくぼけてしまって、
もう会話ができません」

「ご飯も食べられないそうで、
最悪このまま死ぬかもしれません。」

と兄から連絡が来たのは、
ちょうど約10カ月前ほどになります。

骨折をして入院した父が
入院せん妄という病気にかかってしまい、

一時的にボケてしまったのです。

お恥ずかしながら私は、

父とは思春期の頃からこれといって
話をした記憶がありません。

父との思い出…と言われて、
まず思い出すのは、

私が小さかった時、

働いて帰ってきたお父さんの背中で
マッサージしてあげる!といって、

飛び跳ねていたこと。

飛ぶと父は、

「うぅ!痛い、飛ぶのは禁止や」

と笑っていました。

その次に思い出すのは、

「引っ越ししてからお父さんの部屋に
遊びに来てくれなくなったね」

と困ったように笑う父の姿。

そんな父に、

「うん」

とそっけなく返事をした自分のこと。

最後は、私が高校生の時に朝、
駅のホームで見かけた父のくたびれた姿。

腰を曲げ、大きな斜めカバンをぶら下げ、

ぶかぶかのスーツを着て、
よたよたと乗り換えのホームを歩いている姿。

あまりに覇気が無く、

あまりに小さく見え、

彼が私の父なんですって
私はどうしても知られたくなくて、

恥ずかしくって、
声をかけられなかったこと。

そうしてそのまま父と娘の関係は希薄なまま、
私は実家を出て、結婚しました。





それから4年後の夏、父が骨折で入院し、
そのまません妄になったのでした。

「お父さんが言葉をしゃべれなくなった」

と聞いて、まず最初に私は、
しまった。と思いました。

しまった。

このまま、父と、
死別するかもしれないなんて、
考えたことも無かった。

後悔ばかりが押し寄せました。

どうして入院したと聞いたとき、
電話をしなかったんだろう。

これまで、どうしてもっと、
実家に帰らなかったんだろう。

どうして、私は父との会話を
避けていたんだろう。

後悔しても、遅いのに。





さらに、とにかく急にせん妄に
なってしまったものですから、

実家にいる母の資金繰りを
心配せずにはいられませんでした。

母に、大丈夫なのか聞いたところ、

「お父さんの定期預金に
◎◎円入ってるから大丈夫です」

と返事が返ってきました。

それを聞いて私は驚きました。

それは私が生まれる前、
父が祖父から譲り受けた相続金、
まるっとそのものだったのです。

私を含む実家の3人兄弟は
全員が私立大学出身で、

その学費はすべて奨学金を借りることなく、
父が一人で稼いで出してくれました。

当然、兄弟全員塾や
予備校にも通っていましたし、

その上私は1年間の留学費用まで
捻出してもらいましたが、

今までそれらは、

”祖父の相続金があるからこそ”
と思っていたのです。

なのにまさか、
手付かずで残っていたなんて…

これまで私が
「払ってもらって当然」
だと思っていたその学費はすべて、

父が35年間、公務員として勤め上げた、
そのお金だけで成り立っていたということを、

29歳の夏、初めて知ったのでした。

大人になった今なら、分かります。

同じ職場に35年も勤め、
神戸に自分の家を持ち、

そして子供3人を私立大学まで
奨学金無しで送り出したことが、

いかに大変で、
いかに立派なことなのか。

ホームで見たあの日の父の姿。

小さく、みすぼらしく見えた姿。

あれは、私たちの為に
疲れながらも稼ぎにいく父の姿。

あの時はそんな当然のことを、

分かっていたようで、
分かっていませんでした。

とにかくそんなことに
遅ればせながら気づき、

とにかくどうかもう一度、
チャンスが欲しい。

もう一度、お父さんと話せるならば、
話したい。

と祈るばかりでした。





それから母が(ほぼ無理やり)
父を実家に退院させてからは

父のせん妄はみるみる良くなり、

言葉も歩くことも、
出来るようになりました。

本当に幸運でした。

そんな父が死にかけた体験から私は、

恥ずかしいからとこれまで目を背けていた
父との関係に向き合う覚悟ができ、

あれから実家に帰る頻度も増え、
父との会話も増えたのでした。

元々本が好きで、クラシックが好きな父は

現代の社会に対しても
歴史についても知見が深く、

話してみると楽しいのです。

もっと昔から、
いろんな話をしたかったなぁ、

と思いますが、

それはこれからゆっくり
取り戻したいと思います。

そんな父から先日、手紙を頂戴しました。

今度一緒にオーケストラを
聞きに行こうと誘ったので、

そのことについての手紙かと思いきや、

「猫をまた拾ったら教えて欲しい」

という全く違う内容で、
肩透かしを食らわせられました(笑)

ですが、
父がまた字を書けるほど復活したこと、

そしてなによりかつては一言も
会話をしなかった父から手紙をもらえたことに、

私は大きな喜びを感じたのでした。


当時の心境をほぼリアルタイムで
語ったラジオが残っています。

ぜひ良ければ聞いてみてください♪

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